2009年09月02日

プロフェッショナルな男~小説ver~

「マスター、いつもの」

オトコは席に着くなり、煙草に火を点け、一息吐く

ここは街角の片隅にたたずむ、隠れ家的なバー

外の喧騒が嘘のように、店内は静寂の時間に包まれていた



オトコは、その筋ではかなり知られたプロであった

仕事が出来るのはもちろん、ルックスもかなりの線

全てに一流を自負するオトコには、譲れないポリシーがあった



プロたるもの、本物のプロしか相手にしない




ピースの甘い香りがカウンターにたゆたう中、マスターが黙ってグラスを差し出す

オトコもいつもの通り、黙ってカウンターのグラスを傾けた

タリスカーを嗜むように、ゆっくりと一口

強い刺激が口の中に広がり、独特なピートの香りが鼻を抜けていく

やはり、本物は違う…

モルトは一仕事終えた後の疲れた心と体に、安らぎを与えてくれる

グラスを半分空けた後、オトコは静寂を楽しむかのように、再び煙草をくゆらせた



「こちら、隣に座っていいかしら?」

気がつかなかったが、どうやらオンナが一人店内にいたらしい

それもかなりいい、大人のオンナであった

「どうぞ」

オトコはその状況に慣れてるのか、さりげなく隣の席を勧めた

「失礼、一人で飲みたい気分じゃなかったの」

オンナはショートカクテルをカウンターに置き、静かにオトコの右隣の席に座った

マスターは素早くコースターを準備し、ドライマティーニを置き直す



オンナは目が覚めるような、赤いロングドレスを身にまとっていた

普通の男ならば、こぼれそうな胸元の谷間が気になってしょうがないだろう

しかし、オトコはプロだった

その艶かな姿態を、気にする素振りを全く見せない

そして言葉少なげだが、如才なくオンナの会話に付き合っていた




タリスカーとマティーニが3杯空きかけた頃、オンナはそっとつぶやいた

「今日は家に帰りたくないな」

微かに揺れる蝋燭の灯り

オトコは黙ったまま、壁に架かったマティスの模写を眺めている

「二人でゆっくり休める場所に行きたいわ」

オンナは誘うかのように、リュージュの唇をオトコの耳元に寄せて、そう囁いた

マスターは黙ってグラスを拭いている

オトコは残りのグラスを一気に空けた

そして、すっと立ち上がり胸元に手を入れ、1万円札をカウンターの上に置く



「すまない、オレはプロしか相手にしないんだ」




それは、オトコの決して譲れないポリシーだった

そして、オトコは黙って店の外に出て行った

「待って」

まさかフラれるとは、オンナは思ってもみなかったのだろう

動揺を隠しつつ、ジャケットとバッグを掴み、オトコの後を追うように急いで店外に出た

しかし、すでにオトコの姿はネオン街の中に消えていた…

気がつくと、オトコが落としたのか、店の前に落ちていたピンクの名刺

そして、オトコの捨て台詞を思い出し

オンナは全てを悟った



素人童貞だったのね




Posted by まんねん at 23:56│Comments(0)
 
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