「実はオレ、悩んでいることがあるんだ…」
「なに?いったい、ナニに悩んでいるんだ?」
ここはある街角の、こじんまりとした居酒屋。
カウンターの隅には、サラリーマンらしき若い3人が酒を酌み交わしていた。
厨房には大将が一人。黙々と魚を捌いている、ごく普通の風景。
「実はオレ、夏になると体臭がすごいんだよ」
「あー、確かに夏場は汗をかくからしょうがないよなー」
「でも、電車に乗ってると、無性に汗を拭いているオヤジの隣には座りなくないよな」
”8&○しろ、8&○。もしくはファ○リース”
大将はそうアドバイスしたかった。しかし、お客の会話に口を挟むのは野暮だ。
「でも、大丈夫。問題は解決したんだ」
「なんか今、匂いを出さないサプリとか、石鹸とかあるんだろ?。それか?」
「わかった、制汗スプレーだな。一番てっとり早いし」
”分かってるじゃないか。そうか、U○Oだな。それかギャッ○ビー”
「実はな、この間彼女が脱いだ後のブーツをこっそり匂ってみたんだ」
「え?、なんでいきなりその話になるんだ?」
「まあ聞け。そしたらさー、オレの体臭とは比べ物ならないくらい臭くてなー」
「あー、分かる分かる。確かにアレは臭いよなー」
「あまりの臭さに気が遠くなりそうになってなー。彼女も臭いと分かったんで、すっかり安心したよ。」
”それは悩みの解決にはなってないだろー”
大将はおもいっきりツッコミたかった。しかし、ここはグッとこらえた…。
「オヤジさん、ホルモン炒めちょうだい」
”しかも、話の流れからニンニク臭いのを注文するタイミングじゃないだろー”
「へい、ありがとうございます」
大将は、オトナだった。黙って、冷蔵庫からもやしを取り出す。
「そういえば、実はオレも悩みがあるんだ」
「お前もか、いったいナンの悩みがあるんだ?」
「いやな、だいぶ頭の方がキテるんだよ」
「おー、そういえば生え際辺りが結構きてるよな。ちょっと、やばいんじゃないか?」
”てめえ、オレの前でそういう話をするか!”
若くして、すっかり”つんつるてん”になった大将の前で、その話題は禁句であるのを彼らは知らない。
しかし大将は、オトナだった。黙って、キャベツをきざみ始める。
「でもな、オレもこの間彼女とヤッた時、実はその事があんまし気にならなくなったんだ」
「え、なんでなんで?。話が繋がらないぞ?」
”ワシも分からないぞ。どういうことだ?”
「いやな、彼女の脇毛がものすごくボーボーだったんだー」
「あー、確かに冬場はオンナは油断してるからなー」
「あ、そうか。冬ん時は薄着じゃないからか。ほー、なるほどね。」
「あのボーボーを間近で見たとき、いちいち処理する手間を考えると、ハゲた方が楽と思ってな」
”それは、単なる問題のすり替えだろうがー”
大将は相当ツッコミたかった。しかし、ここはツッコむ内容ではない。そう思い、言葉を飲み込んだ。
「ついでに、脛毛がチクチクしてなー。普段と違う感触で、ナンか面白かったわー」
”確かにオンナのむだ毛は、なぜか無駄に丈夫なんだよなー”
大将は一人勝手に心の中で相槌を打ち、フライパンを振りはじめた。
「そういえばお前は、そういう悩みはないのか?」
「オレか?そうだなー、うーん…」
”スマートでハンサムのお前さんには、悩みなんかないだろうが”
大将は一人で勝手に決めつけ、味付けに入った。
「あ、そういえば、彼女の方がオレより身長が高いことかな」
「あー、確かに街中で並んで歩いていると、男としては結構つらいよな」
「しかも、彼女がヒールでも履いたら、相当身長差ができるし」
「でも、お前身長いくつだっけ?」
「確か、ちょうど180cm」
”どんだけ、彼女でかいんだよ”
ここは、さすがにツッコミどころだろう。よし、いくぞ。
大将はそう心に決め、ホルモン炒めを差し出すと同時にツッコもうとした振り向いた瞬間。
プルプルプル、プルプルプル
「あ、ごめん。ちょうど彼女から電話」
………。
大将はツッコむべき、最高のタイミングを失ってしまった…。
「…おまたせ…、しました…、ホルモン炒め…です」
大将にとっては、かなり煮え切らない夜となった。
”帰りにスナックに寄って、ママになぐさめてもらおう。グスン”