卯月の初旬。桜はまさに満開。
周りは小さい子供の手を繋いで歩く幸せそうな家族や、宴に酔いしれる喧騒で溢れていた。
そんな中、オレは一人、大野川の土手を寂しく歩いていた…。
侘しい…。その一言で全てが語れるくらい、オレの心の中は空虚感で占められていた。
あっ………。また安物のスニーカーの紐がほどけたじゃないか。
くそう、スニーカーまでオレの事を馬鹿にしてるのか…。
靴の紐を結び直して、コケた事もなかったかのようにして、すっと立ち上がったとき、
桜の幹に寄りかかる、一人の美しき女性に出逢った
「大丈夫ですか?」と美しき女性。「あ…、いえ大丈夫です」
「そう、よかった」その美しき女性は、ドジなオレに優しく微笑みかけた。
その瞬間、オレは美しき女性に対し、恋に落ちたのかもしれない…
そして、その美しき女性は桜の木の下で、静かに立ったままで目を閉じた。
「いっ…、いったいナニをしてるんですか?」
不思議に思ったオレは、緊張していたのか、たどたどしい言葉で話しかけた。
「桜の声を聴いていたの」
桜の声?。オレには彼女がナニを言っているのか、さっぱり理解できなかった。
「ほら、こうしたら桜の花びらが囁く声が聴こえるでしょ」
何気なくマネをしてみたが、しかし邪なオレには桜の声は聴こえなかった…。
「そうじゃなくて、桜の花びらが語りかけてくるのを、五感で聴き取るの」
そうして美しき女性は、体全体で桜吹雪を受け止めるかのように、両手を広げてクルリと回った。
「桜が奏でる詩は、きっと貴方の傷ついた心を癒してくれるわ」
オレもなぜか、彼女の真似をしてみた。
正直、桜の声は分からない。でも、貴女が伝えようとした言葉は、理解できたような気がした。
「貴女は誰なんですか?」不思議に思ったオレは、率直に疑問をぶつけた。
「私?、私はあなたの心の隙間を埋める、桜の妖精なの」と、彼女は無邪気に笑った…。
バサッーー。
突然の突風が吹き、一瞬の間に周りが一面、桜の花びらで染まっていく。
思わずつむった瞼を開いたとき、貴女はもういなかった…。
午後3時、昼下がりの出来事。